はじめに
皆さんは、夏休みの宿題は計画を立ててコツコツやる派でしたか?それとも2学期が始まる前にあわてて片付ける派でしたか?
夏休みの宿題に限らず、やらなければいけないけれど「面倒だなぁ」とか「後で考えよう」と思って、なんとなくそのままにしてしまうことは誰しも経験があるのではないでしょうか。
「やらなければいけないけれど、やらない」というのは合理的ではない行動ですが、これはその人が怠け者という訳ではなく、人間の性質によるものです。
そんな「人の行動は不合理だ」という前提のもとに人間の行動を心理学、経済学の側面から研究する学問を行動経済学と言いますが、この行動経済学を実社会で役立てる一つの方向性として示されたのが「ナッジ理論」です。
「ナッジ理論」は2017年にシカゴ大学の行動経済学者リチャード・セイラー教授がノーベル経済賞を受賞したことで世界的に広まりました。
ささやかなきっかけを与えることで人の行動を変えてしまうことから、「現代の魔法」とも言われている「ナッジ理論」は子育てにも非常に有効な手段だと考えています。
本稿では、この「ナッジ理論」を利用して、より良いと考えられる選択肢に「ちょっと後押しする方法」をご紹介したいと思います。
人は直感的に思考する
「ナッジ(nudge) 」とは、直訳すると「ヒジで軽く突っつく」という意味です。
セイラー教授の原著の表紙には、親のゾウが子どものゾウをそっと鼻で押しながら歩いている絵が描かれていますが、これが象徴的なナッジのイメージとなっています。
冒頭でも少し述べましたが、私たちは毎日無意識にこなしているルーティン行動(例えば朝起きて歯を磨く、テレビを見る、お風呂に入るなど)は快適だと感じる一方で、「貯金をしよう」「将来のために勉強をしよう」「ダイエットをしよう」などルーティン以外の行動は、将来のために明らかに合理的な行動だとしても、後回しになりがちですよね。
これは人の思考のうち約 95% が直感的な思考によって意思決定が行われるためで、それが例え不合理であっても、直感的に疲れない道を選ばせてしまうためなのです。
このような心理的バイアスを理解したうえで、どのようにナッジ理論を用いてより良い選択へ導いていくことができるのか、その具体的な手法についてご紹介しましょう。
EASTフレームワーク
英国内閣府の傘下に設置されたThe Behavioural Insights Team (通称BIT)は、ナッジ理論を実際の現場で使いやすい手法のフレームワークとしてEAST(Easy, Attractive, Social, Timely)を発表していますので、こちらから一部ご紹介します。
・Make it Easy(簡単に)
私たちが何かを選ぶときに、「おすすめ」を選ぶことが楽だと感じることはないでしょうか?
Wharton Virtual Test Marketで30,000 人の自社インターネットユーザーパネルを利用した調査によれば、「アンケートのお知らせを希望するか?」という質問に対して、「希望する場合にはチェック:Opt-in」という質問よりも、「希望しない場合にはチェック;Opt-out」とした方が、ほぼ倍近く「希望する」を選択した人が多いという調査結果が出ています。
つまり、質問の仕方によって選択を誘導をすることができるのです。
・Make it Attractive(魅力的に)
今までタダでもらっていたものが急にもらえなくなると、実際に損をしてはいないのに、なにか損をした気持ちになりませんか?
空き瓶回収率が問題となっていたイギリスで、空き瓶を入れるとお金がもらえる自動リサイクル機を使った実験が行われました。
空き瓶代がもらえることを一定期間にわたって告知したのですが、空き瓶の回収率は変わりませんでした。
その一方、IRNBRUというドリンクのメーカーが、価格を「飲料代+瓶代(約 40 円)」として販売したところ、なんと空き瓶の回収率は70%になったのです。
私たちは「得る喜び」よりも「失う痛み(=40 円を失う)」を避ける傾向があるのです。
・Make it Social(〇〇な空気に)
私たちは周りの空気に敏感です。
英国歳入関税庁は、2012 年に税金未納者に対してグループ毎に異なる通知を送りました。
あるグループには普通の通知を、そしてあるグループには「〇〇市では、10 人中9人は税金を決められた期日内に納めています。」「あなたのような税金未納者もほとんどが既に納めました。」とメッセージが添えられました。
その結果、税金納付率は前者が33.6%、後者が38.6%となり、金額にして約1 億7千万円も多い税金が納付されたのです。
・Make it Timely(タイムリーに)
私たちの思考や行動は絶対的ではなく、目の前の出来事次第で簡単に優先順位が変わることも多いものです。
英国法務省では半分近くの罰金が納期に支払われていなかったのですが、2012 年に実施されたテストでは、罰金が2〜3倍になる期限の10日前に送られたメッセージが、一斉送付された時よりも納付額が増えたという結果が出ています。
まとめ
ナッジ理論によって、より良い選択に「ちょっと後押しする方法」をご覧頂きましたが、いかがだったでしょうか?
ナッジ理論のポイントは「相手に選択肢を残している」ところです。
子供もある年齢になると親からの強制では動いてくれませんが、上記で見たように、ちょっとした工夫で、子供が自分で選ぶ=誘導できる可能性があるのです。
それには、普段から子供をよく観察していなければいけません。
「勉強しなさい!」と連呼するよりも、子供によっては「何かを達成したらご褒美をあげる」方が遥かに建設的で、ナッジ理論を活かした選択肢でしょう。
子供の将来のために、本稿が皆様のより良い選択を「ちょっと後押し」することができれば嬉しいです。